気ままな日々

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カテゴリ:本・よむよむ(reading)( 11 )

彗星物語 宮本輝 文春文庫

b0211899_7383567.jpg「城田家にハンガリーからの留学生がやってきた。総勢十三人と犬一匹。ただでさえ騒動続きの大家族に、新たな波瀾が巻きおこる。異文化へのとまどい、肉親ゆえの愛憎。泣き、笑い、時にはげしく衝突しながら、家族一人ひとりは、それぞれの生の新しい手がかりを得る。そして別れ――。人と人の絆とはなにかを問う長編小説。」
文春文庫カバーより。

家族の一員として常に脇役として登場するフック(ビーグル犬)が、この物語の中の大切な存在。最後の章は涙をふきふき曇る視線の中で読み終えた。
犬の飼育放棄、子どもの養育放棄・・・わたしには考えられないことだが現実に起きている。
この物語の中の極めて日本人的な思いやりはわたしが子どもだったころの家族を思い出させ、悲惨な現実はこうした思いやりを日本人がどこかに忘れてしまったことも一つの要因ではないかとも感じた。
by 1212jeff | 2011-11-06 06:05 | 本・よむよむ(reading)

ごほうび

Yonda?Club goods. 新潮文庫についている△マークを集めるともらえる。リニューアルするというので、その前に!と申し込んだマグカップ。
きのう、届いた。
b0211899_13213752.jpgこれまでパンダの腕時計、ブックカバー(3種類)をもらったが、いつも届けられる包みにまでこだわりが感じられる。
いただく方はやっぱりうれしい(*´艸`*) 

b0211899_13224457.jpg底にもこだわりが。。。高が景品と手を抜かず、大切に作っている気持ちが伝わってくる。 b0211899_13232840.jpg











角川文庫ハッケンくんグッズ
いただいたのは携帯ストラップ。これは去年の夏だったか。。。白目がすこしはげてしまったな。
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                  イヌが「わかった」というところが気にいっている。



※ 明日から10日間、夏休みをいただきました。
  イヌのお世話は夫が快く引き受けてくれました。感謝!
  ブログもお休みします。
by 1212jeff | 2011-09-15 19:32 | 本・よむよむ(reading)

チェルノブイリ診療記 福島原発事故への黙示 菅谷明著

b0211899_2144544.jpg1998年、晶文社から発行されたもの

b0211899_192054.jpg今年、福島第一原発事故を機に新潮社から新版として7月1日に発行された。

わたしが菅谷先生を知ったのは、「NHKプロジェクトX 挑戦者たち チェルノブイリの傷 奇跡のメス」だった。

すごい人がいると記憶に残った。文庫版が出たのですぐに読んだ。チェルノブイリ原発事故がもたらした内部被曝の現実に立ち向かった菅谷先生の記録だ。
画像からは伝わらない現実と菅谷先生の思いが伝わってくる(菅谷氏は現松本市長。そのため松本市はいち早く空間放射線量測定を行い、市民に情報を公開している)

つづきをよむ
by 1212jeff | 2011-09-11 13:35 | 本・よむよむ(reading)

戦争をめぐる小説 3作品

8月15日前後になると戦争をめぐる話題が多くなりますが、わたしが心に残る小説は以下の三つ。
どれも好きな作家の作品。

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                                                            「栄光なき凱旋」は、上・中・下。    画像をクリックするとAmazonにとびます。
by 1212jeff | 2011-08-14 13:37 | 本・よむよむ(reading)

「原子力 日本を滅ぼす九つの呪縛 神話からの解放」

b0211899_1733038.jpg折しも国連軍縮会議開かれているときに、高木仁三郎著「原子力神話からの解放 -日本を滅ぼす九つの呪縛」を読んだ。わたしが読んだものは2011年5月20日発行の講談社+α文庫のものだが、元になっているものは2000年8月に光文社から刊行されたもの。その一部を訂正し、編注として現在の数字などを付け加えたものがこの文庫版だ。
著者は「パンドラの箱は閉じることができるのか―結びに代えて」を2000年7月に記し、2000年10月8日に大腸癌のためにこの世を去っている。氏が生涯を通して訴えてきたことをつかまなければという思いで読み進んだ。

氏はプロローグでこの本を書く動機について二つ述べている。
一つは東海村のJCOウラン加工工場における臨界事故。この事故が「今までとは本質的に異なる、自分の心を根底から揺さぶられるもの」だったこと、もうひとつは「今年がちょうど2000年という年」で「過去の50年ほどの間に進んできた原子力開発について振り返ってみる、いいチャンスではないかと思った」と述べいている。
また、同じプロローグの中で、「今のような状況のなかで、私たちが本当に考えなくてはいけないのは、原子力に期待していたような時代状況からの、ある種、文明的な転換についてだと思います。そういう転換を成し遂げるためには、多くの人たちが原子力問題の根本を理解し、先を考える必要があります。今の日本政府が大きな政策上の転換もなく、このまま進んでいくのであれば、今後、そのことによっていろいろ影響を受けるであろう若い人たちに、私なりのメッセージを届けること-この本を書く意味は、そういうところにあるべきだと考えると、あまり細かい問題に入らないで、大枠のところで、なるべく誰にでもわかるかたちで原子力の問題を伝えたいと思います」とおしゃっているとおり、原発がうまれる歴史、国策として進められた世界的背景、平和利用と言われるその矛盾、原発は本当に安いのか、安全なのかなどわかりやすくお話ししてくださっている。

読んでいてこれが11年前に書かれたものとは思えなかった。
目の前で起きている原発問題を、今、解説してもらっているようだった。

日本ではじめて商業原発が稼働したの1965年、わたしが小学生の中頃のことになる。その前年、東京オリンピックが開催され高度経済成長期に浮かれてのん気にたのしく泳いできた。圧倒的なコマ―シャルベースで、「原発は安全安心」「無限のエネルギー」など高木氏のいうところの「神話」にどっぷりつかってきた。一方、子どものころから毎年行われる原爆慰霊祭もTVで見ていたし、高校生の頃に修学旅行で広島に行き、「広島平和祈念資料館」、「原爆ドーム」で、とけた弁当箱や被曝した人々のようすを見て、怖い、酷いと思ったことを今も鮮明に覚えている。長崎にも行き「長崎原爆資料館」にも「平和記念像」のある「平和記念公園」にも行った。でも”原爆はいけない”ということと”原発”がはっきりとは結びついていなかった。

この本を読んで(ここのところいくつかの原発関連本を読んでいるのでゼロではなかったがさらに)はっきりと、「核分裂」という「パンドラの箱」を開けてしまったところにすべての原因があり、核分裂のエネルギーが原爆にも原発にもつながっていることがわかった。問題となる原爆の材料となるプルトニウムと原発の関係についてもわかった。小学生レベルだった理解が少し大人になった感じで、恥ずかしい限りだ。でも、知らなかったことを知ることはいつになっても大切なことだと思っている。一人の人間がすべての専門家になれるわけがないのだから。知らないことわからないことは、知りたいと思ったときに専門家に学べばいい。そして正しい認識をもてばいい。そのことが大切だ。


今朝の新聞で<長崎市・田上市長が長崎平和宣言の骨子を発表した。福島第一原発の事故を受けて、原発に代わる再生可能エネルギーの開発促進を訴えることにしたそうだ。平和宣言でエネルギー問題に言及するのははじめてのことだそうだが、「ヒバクシャをつくらないというのが長崎の願い。社会が混乱しないよう道筋を議論しなければならないが、行きつくところは『原発ゼロ』との考えに至った」>と言う。当然の帰結だと言うことが今ならよくわかる。

3.11以降、これだけ原発の危険性があきらかになっているにもかかわらず、長野で開かれている国連軍縮会議でIAEA事務局長が「福島第一(の事故)にもかかわらず、原子力の世界的な利用はこれから数十年にわたって増え続け、多くの国にとって重要な選択肢のまま残る」という背景には、戦争と武器の問題があるからなのだろう。
平和を求めればこそ、原爆も原発もいらないのに。。。

今朝の読売新聞朝刊で、「日本沈没」の著者、小松左京さんが26日に亡くなったと報じている。同紙「編集手帳」の記事に驚いた。作中で日本列島が水没する可能性が発表された日が3.11だったそうだ。氏は「(日本は)今はたいへんな時期だが、必ず乗り越えられる」と最期に話したそうだ。

高木氏も「結びにかえて」の最後で、”希望を育てていくことはできるのではないでしょうか”と結んでいる。


今、未来を担う大切な子どもたちが危険にさらされいる、汚染された食品問題もある。今もなお現場で危険な作業に従事してくださっている人々がいる。被災された方々の不自由な生活やいまさらはじまる4ヶ月前の生活記録調査(被曝の有無の調査)などなど。これらの現実に心を痛める一人として、また世界にも類を見ない多くの原発を抱えたこの日本に責任をもつ世代の一人として、きちんと知って、きちんと意志表示をしていかななければいけない。3.11が投げた問題の一つだから、その答えを探さなければいけない。
by 1212jeff | 2011-07-29 10:43 | 本・よむよむ(reading)

いらいら

ここのところいらいらしている。
いらいらの原因は国会中継。
そして自分の無知と無力感。

3.11以来、日々流れる情報の中で、原発の現場は下請けの方々の劣悪な労働環境によって成り立っているということは耳にしていた。今もそして今までも原発の現場で働く人々がいて自分の生活が成り立っているにもかかわらずその実態を知らずに生きてきたこと、生きているということ。一部の情報で、自分が知らなかったことを知った。「原発ジプシー」という表現とその存在は衝撃だった。そこでとった行動は、原発関係の本のまとめ買い。まずは知ろうと思った。

b0211899_1623437.jpg今朝は、藤田祐幸著 「知られざる原発被曝労働 ―ある青年の死を追って-」を読んだ。A5版の62ページの小冊子なのですぐに読めた。

原発を維持する人的構造を具体的に知った。
事故のときは「復旧にあたっている人々が被曝しなければいいけど・・・」と祈ってはいたが、原発はそもそも被曝労働が前提に成り立っている存在だということを具体的な仕事とともにその構造を今ごろ知った。

本書は浜岡原発で18歳で働きはじめ9年後に白血病を発病し2年後、29歳で命を閉じた青年の労災認定をとるまでの記録にもとずく労働環境と被曝の過程を明らかにしている。
記録にもとずく記述は感情論ではなく労働環境と被曝の関係を数字と事実にもとずいてあきらかにしている。
本書は1996年 第1刷発行。
その時からメインテナンスの一部は自動化されたとはいえ、多くは人力に支えられていることに変わりはない。

著者は最後に次のように締めくくっている。
<私たちは、この不当な労働に支えられた「便利で豊かな生活」に首までどっぷりつかってしまって、電力生産している現場のことを思うことがない。思わなかったのではなく、知ろうとしてこなかっただけなのかもしれない。(中略)
 一人の誠実な青年が死をもって我々に伝えようとすることの意味は、限りなく深く、重い。私たちはもはや目をそむけるわけにはいかない。

嶋橋伸之さんの死を無駄にせず、この悲劇がこれ以上繰り返されないことを願い、このブックレットを青年の霊前に供える。 合掌。>

そうなのだ。知ろうとしてこなかっただけなのかもしれない。

もっと知ろうと次に堀江邦夫著「原発労働記」を読みはじめた。b0211899_17151974.jpg本書は1979年に発行された「原発ジプシー」のリメイク版。事故直後この本の存在を知ったが、絶版になっていた。ユーズドでは約2倍の高値で売りに出ていたが手が出なかった。著者は「跋にかえて」で、両書は、原発での労働体験を綴っているところは共通しているが、仲間の詳細や心情はかなりの部分を削除してあるので、似て非なるものと断りを入れている。
いずれにしろ現場を知ろうと思う。


今も現場で復旧作業にあたっている方々が無事であることを祈り、
また避難されている方々が一日もはやく落ちついた生活が取り戻せること、
そして子どもたちが元気に走り回れる環境にはやくもどることを祈っています。

わたしは節電、その他の無駄は省く生活を心がけながら、
現実を知り適切な判断ができるように自分の垢を落とさなくては。


追記;記事を書いてリンクを張っていたら、な・なんと「原発ジプシー」の本文ノーカット完全収録版が出ていたではないですか!たぶん2~3日前にはなかったはず。
「文庫版で消された事実も全収録しております。加えて、やはり今回文庫では削除されてしまった1984年版の「文庫あとがき」も本書に掲載。公表をためらわせるほどの実情を包み隠さず伝える肉薄の書!隠された部分にこそ、著者が本当に伝えたい原発の問題点があります。」とある。即購入。こういうのを無駄というのか・・・経済の活性化というのか・・・。
by 1212jeff | 2011-07-23 17:44 | 本・よむよむ(reading)

「朽ちていった命」 

b0211899_863840.jpg「朽ちていった命 被曝治療83日間の記録」を読んだ。
途中、「もう苦しめるだけなのではない?どうして続けるの?」という気持ちがふつふつとわいた。が、看護師さんたちも同じ思いを抱えを繰り返し自分に問いかけ看護を続けられていたことが語られ始める。
はじめは少し赤かっただけの皮膚がどのような変化をたどって最後にはとのようになってしまうのか、克明に伝えられる。
大内さんと篠原さんの辛い経験を無にしてはいけない。
胸に刻んで、自分の意志をもとう。

原発はいけない、いらない。

わたしは読んでから映像を見ました。

どちらを先にするか、あるいは一方なのかそれぞれの事情によりますね。

【ショートクリップ】「NHKスペシャル 被曝治療83日間の記録 東海村臨界事故」 日本の原子力開発史上、初めての犠牲者を出した東海村臨界事故から1年半たち、亡くなった大内さんの治療を担当した東大病院の医師や看護師たちが初めて実態を語り始めました。今まで経験したことのない被曝症状に翻弄されながら、命の意味を問い続けていたのです。被曝治療の緊迫した83日間を見つめました。芸術祭テレビ部門芸術祭優秀賞、モンテカルロ国際テレビ祭ゴールドニンフ賞受賞。

本編のはじめのクリップはこちら。続く残りの4編は番号順に追えばすべて見られます。
by 1212jeff | 2011-07-17 09:45 | 本・よむよむ(reading)

東日本大震災から4ヶ月目

b0211899_1442242.jpgさまざまな問題がいっこうに進まない。
国会中継を聞いていても責任追及ばかりに終始していて、有効な手だてがなかなか決まらない。
放射性物質の数字も「直ちに健康に影響をあらわすものではない」の一点張り。
直ちに影響が出るのは論外!それは直ちに避難。
目に見えない放射性物質。外部被ばくと内部被ばく。
どこにどれだけの放射性物質があるのか。
どうすれば安全を確保できるのか、そこに多くの国民が関心を持っているのではないか。


国の心臓部が動かなければ、末端に血液が回らない。
末端には生きている人間がいるのに。
政治家はわたしたちの税金で生きられていることをわかっているだろうか。
給料を返せといいたくなる。

でも、あそこにいるすべての政治家は誰かの投じた一票の結果でもある。
誰にも入れられない、だからと言って棄権するのは国民としての責任を果たさないことになる。
苦渋の選択は政治家の専売特許ではない。
わたしもいつも苦渋の選択だ。

今この現実を前に自分のできることは生活を見直し、整えること。
そのためにもしっかりといるものいらないものを見極める知識と倫理観、価値観、世界観をもつこと。

わたしは原発はいらない。
細かな理由は「原発のウソ」(小出裕章著)に強く同意する。
小出氏(京都大学原子炉実験所 助教)は、その著書の中で物理学者としての立場から、
いかに原発が無駄で危険であるかを示している。

ひとたび事故が起きればどのような事態になるのか、
今回の福島第一原発の事態が雄弁に語っている。
原発から出る「核のゴミ」を100万年も先の孫子の代に残してよいのか。
原発がなくなると電力供給ができなくなるようなウソも本書に明らか。
そして、原発をなくす過程は、日本の経済構造そのものの変化も求められることも重々承知。
それでも原発はいらない。
子子孫孫の時代を見通した「今」の選択を迫られている。

小出氏は、最後の章で次のように結んでいる。
「いったい、私たちはどれほどのものに囲まれて生きれば幸せと言えるのでしょうか。(中略)
電気をふんだんに投入して作られる野菜や果物が、季節感のなくなった食卓を彩ります。(中略)
もし安全な地球環境を子どもや孫に引き渡したいのであれば、その道はただ一つ。「知足」しかありません。代替エネルギーを開発することも大事ですが、まずはエネルギー消費の抑制にこそ目を向けなければなりません。
 一度手に入れてしまった贅沢な生活を棄てるには、苦痛が伴う場合もあるでしょう。これまで当然とされてきた浪費社会の価値観を変えるには長い時間がかかります。しかし世界全体が持続的に平和に暮らす道がそれしかないとすれば、私たちが人類としての新たな叡智を手に入れる以外にありません。」

毎月11日は、心あらたにする日。
14時46分に祈ります。
by 1212jeff | 2011-07-11 13:12 | 本・よむよむ(reading)

「さよなら、サイレント・ネイビー」 伊東 乾著

b0211899_18284455.jpg 副題は「地下鉄に乗った同級生」。
「なぜ?・・・物理科学の道を歩んでいた人がなぜ?なぜ?どこで道がそれたの?」・・・それだけを知りたくて読み進んだ。その前に著者のユニークな歩みと真摯な筆致を味わっていることも加わっていた。伊東氏は東大で物理学科でサリンを地下鉄でまいた実行犯の豊田死刑囚と同級生で2人は研究チームだった。伊東氏は物理から音楽へと進み、「空気中を伝播する物理的な音波と、人間が聞き取る心理的な音像(サウンド・イメージ)に差異がある事実に基づいて、音楽制作に脳認知科学を体系的に導入している作曲家、指揮者」(wikipediaより)

伊東氏の「あの彼がなぜ?」を追ってときほぐしていったマインドコントロールの方法、残虐な映像を見たときに脳内で起こっている虚血状態、そして恐怖の感情が起こったときの認知と行動などとても興味深かった。

伊東乾さんが、はじめて同級生と接見したときの場面では2人の気持ちに涙した。
また豊田被告(当時)が麻原被告の証人としてはじめてはっきりと発言したところでも涙が。。。

オウム事件が決して特殊な誰かに起こることではないこと、そのことが起こる背景にあるマスメディアからの情報の問題、1941年の開戦と終戦末期の狂気の構造、オウム事件も戦後処理の問題も責任をとるとはどういう行為をすることなのか提起している。日本はまったく変わっていないと言う。

いまこの時に、この本に出会ってよかったと思う。
ネットによる情報化社会の中で、一つ間違えば見たくない、聞きたくもないものまで飛び込んでくる。
氾濫する映像と音の情報から自分で身を守らなければとても危ない。
自分の精神が映像と音の情報の波にのまれないためになにをすべきか、気をつけなければいけないことはどういう点かということが脳の構造からしてよくわかった。

今でも続いている二人の交流。
続きの謎解きがでることを願っている。
by 1212jeff | 2011-06-26 19:39 | 本・よむよむ(reading)

小説 日本婦道記 山本周五郎

b0211899_1601411.jpg3月11日以来、本をもっても心ここにあらずで、なかなか開くことができませんでしたが、やっと29冊目が読み終わりました。

一つの作品に魅かれると、その作家さんを追いかけて読み進むというのが私のスタイルです。あるとき自分の傾向に山本周五郎賞受賞作品が多いことに気づきました。4月2日に記した熊谷達也さんの「邂逅の森」もその一つです。他にも「エトロフ発緊急電」佐々木譲、「火車」宮部みゆき、「閉鎖病棟」帚木蓬生、「奪取」真保裕一、「エイジ」重松清、「君たちに明日はない」垣根涼介、「明日の記憶」荻原浩、「果断 隠蔽捜査2」今野敏など、どれも今思い出してもワクワクしたり、ジーンとしたり、その時の感動がよみがえります。
ところが本家本元・山本周五郎さんの作品は一つも読んでいないということに気づきました。調べてみると「小説 日本婦道記」は、直木賞に推されるものの受賞を固辞したことが分かり、まずはこれを読んでみようと思ったのです。

太平洋戦争が始まった翌年昭和17年(1947年)の作品。戦時下であったため、用紙事情も厳しく、無駄を省いた表現に、より磨きがかかった作品になったそうです。11の短編からなるさまざまな家族の物語。悲しいほど切ない家族を想う女性。それを想う夫や子の姿。凛とした女性を見た作品もありました。とてもよかったです。この作品には題名からの誤解が多々あったようですが、それは解説にありますのでそちらをお読みくださいね。私もはじめは????とそのような違和感(誤解)を持ちましたが、読み進むうちに著者の伝えたいことが素直に入ってきました。そして、解説を読み、山本周五郎さんの作家としての矜持を知るところとなり、もっと山本作品が読みたくなりました。
by 1212jeff | 2011-04-13 16:03 | 本・よむよむ(reading)