気ままな日々

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Canine Good Citizen Test

b0211899_0281069.jpg今日は優良家庭犬普及協会 のManner Handler Test(マナーハンドラーテスト)の判定員としての要件を満たすため、同協会のCGCTの見学に行ってきた。自分の犬が最後の認定をいただいたのが2001年だったので、それ以来10年ぶりのCGCTの現場を見せていただいた。
インストラクターとして大いに勉強になった。





受験しているペアーのパフォーマンスをみて感じたことは、合否を分けるのは飼い主さんが犬の気持ちをつかんでいるかだなということ。今日の試験会場でも犬の気持ちをつかんで犬をじょうずにリードし、問題を回避している場面を多々目にすることができた。
これは競技会やCGCTという合否の基準がある場合に限らず、日常生活でも犬の気持ちをつかんでいれば、じょうずに犬をリードすることで問題を回避することができる。それこそが優良家庭犬普及協会の求める社会に受け入れられる飼い主さんと犬の姿なのだろう。

残念だったのは、ハンドラー(飼い主さん)のミスコミュニケーションで犬が飼い主さんの合図(ボディランゲージも含めて)に応えて”こうだね!”と全身で表現しているにもかかわらず”そうだね!”というフィードバックを出さず、飼い主さんの気持ちだけが先行してしまい犬が混乱してしまった場面が見うけられたこと。ハンドラーさんのテストに合格したい気持ちが先行し、犬の気持ちがおいてけぼりになってしまってはせっかく日々研鑽してきた愛犬とのよい関係を発揮できずに終わってしまう。人と犬の動きは2人(一人と一頭)でひとつ、2人の共同作業でひとつのパフォーマンスが成り立つのだから、いつものように犬と心をあわせて行動すれば結果として合格がついてきたのではないだろうか。もちろん、飼い主さんも犬もとても残念に思ったことだろう。「いつもはできるのに・・・」と。競技会ではないのだから、もっともっとほめ言葉が聞こえてよかったのではないだろうか。
自分の経験でもよいパフォーマンスができるときは、犬と”なにする?-こうする” ”こうだね-そうだね”という一体感がある時だ。ハンドラーも犬もまわりの他人や他犬、その他の雑音(犬にとっては雑臭?!)もまったく気にならない。ハンドラーと犬の間のシンプルな交流だけになる時だ。


今、世の中ではさまざまな団体が訓練競技会とは別に、一般社会に受け入れてもらえるマナーを身につけたハンドラーと犬の試験を開催している。それぞれの団体が考える「社会に受け入れてもらえるには最低限これだけはできるようになっていてね」という基準をもつものなので、飼い主さんがこれがいいな、これならできるかなというものを選択して挑戦すればよい。

もちろん気質や成育歴からどうしても乗り越えられないところがある愛犬と暮らしている飼い主さんもたくさんいらっしゃる。我が家の貫太郎だってそのうちの一頭だ。だからと言って彼が「優良家庭犬」ではないかと言ったら、わたしはそのようには思わない。彼は彼の飼育管理に必要なことをわたしがするのを受け入れてくれるし、彼が苦手な他人はわたしが対処すればすむこと。社会に迷惑をかけずに、我が家でよい子に暮らし、彼の犬生をおそらくゆったりとたのしんでくれていると思う。試験に合格することだけが優良飼い主でも優良家庭犬でもない。

人間だってすべての人が均一に同じことができるわけではなく、向き不向きもあるし、得手不得手もある。人生のたのしみに○○検定試験に挑戦している方もたくさんおられるだろう。
さまざまな犬と取り組む試験も飼い主さんが犬との暮らしのたのしみ方のひとつとしてご自身が選び、取り組まれればよいと考えている。そして、試験は気質的に無理でも社会に迷惑をかけず、飼い主さんとの生活をおおいにたのしむことはできる。それぞれの飼い主さんと犬にあった暮らし方がある。
by 1212jeff | 2011-10-10 23:10 | Pups(job)