気ままな日々

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ふたつの11日

b0211899_17234380.gif忘れてはいけない日が来る。
2001年9月11日。
2011年3月11日。

2011年9月11日はまったくの人災。一つの理念がもたらした結果。
近いところではオーム真理教の地下鉄サリン事件、遠いところではナチズムのもたらしたホロコーストの悲劇。
日本も資源を求めて第二次世界大戦に参戦。当時の世論操作による狂気も同じことだろう。
その狂気に終止符を打ったのが長崎・広島への原爆の投下。
人が作りだした理念が人を動かし殺人さらに自爆を肯定してしまう現実。
果たしてそうだろうか。。。



喜んで人を殺し、自殺する者がいるだろうか。。。
今、パキスタンでは元タリバン兵士たちに行われている再教育は「自爆テロで死んでも天国にはいかない」ということだそうだ。

2011年3月11日は天災にはじまった人災。
津波の恐怖は、原発の恐怖にかわり今も続いている。
そして、これはあの一瞬の事故により、わたしたちの子どもの世代にまで続く。
安全神話」に乗り、被曝労働なしに原発を維持することができないとも知らず、のほほんとうつつをぬかしていた自分が悔やまれる。
あの日からずいぶんと学び、今、わたしは断じて原発はいらない立場に身を置くことにした。


核分裂エネルギーの利用は兵器にはじまり、その兵器という性格を隠し、「平和利用」の名のもとに世界2大国の力の範囲で広がっていった。すでに持てる国同士が均衡を保ち、もたない国を支配する。他者を力(核の脅威)で抑え込もうとする支配と抑圧の構図。世界の化石燃料の支配権をめぐる力関係。それを裏で支える核兵器。
「平和利用」という名のもとに増える原子力発電には、「プルトニウム」とう原子爆弾の原材料が必ず副産物としてついてくる。これだけでも原発に反対する理由は十分だ。
現実は3月11日にわたしに教えててくれた。原発が事故を起こしたらどうなるのかということを。

未来は現在の結果。今自分にできる意志表示は未来のわたしたちの子孫のためだ
「あの(第二次世界大戦に向かう)時の大人はなにをしていたんだろう」と自分が思ったように。

一市民のわたしにとってふたつの11日は、戦争、人が人を殺すのはやめてほしいと願う日。
一市民のわたしは断じて核爆弾、原子力発電はいらない。

脱原発:「さようなら原発」決断を 大江さんら新政権に要請、声明を発表
by 1212jeff | 2011-09-09 11:24 | つれづれ(free)